大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)869号 判決 1985年1月29日

控訴人

古川光男

右訴訟代理人

菅重夫

被控訴人

株式会社住宅ローンサービス

右代表者

勝野晴雄

右訴訟代理人

尾崎昭夫

武藤進

額田洋一

被控訴人

冠城利夫

主文

一  原判決中、被控訴人らに関する部分を取り消す。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、別紙物件目録記載の各不動産についてなされた別紙登記目録記載一及び二の各登記の抹消手続をすることを承諾せよ。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人代理人は、主文同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人株式会社住宅ローンサービス(以下「被控訴会社」という。)代理人及び被控訴人冠城利夫は、いずれも控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決一〇枚目表一〇行目の「一〇平方メートル」を「一三平方メートル」と、同裏二行目の「一六平方メートル」を「一三平方メートル」と、同一一枚目表一〇行目の「一〇〇〇万円」を「一一〇〇万円」と、同裏四行目の「二月」を「一一月」とそれぞれ訂正する。)から、これを引用する。

(控訴人)

真実の権利関係に合致しない登記に基づいて取引した第三者を民法九四条二項、一一〇条の類推適用又はその法意によつて保護するためには、(一)真実の権利者の意思によつて当該不実登記の登記手続が行われたものであること、(二)第三者が不実登記を信頼したことにつき善意・無過失であること、の二要件を必要とすると解すべきである。しかし、本件においては、以下に述べるとおり、右の要件がいずれも欠けている。

1  右(一)の要件について

控訴人は、自己所有の別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)が訴外原田芳明(以下「原田」という。)名義に移転登記されることを承諾したものでないことはもちろん、右登記がなされること又はなされたことを知りながら、これを黙認したものでもない。控訴人は、昭和五五年一一月ころ、本件不動産の売却の仲介を原田が代表取締役である訴外株式会社朝日住宅(以下「朝日住宅」という。)に依頼したところ、本件不動産に設定されている三菱銀行の抵当権と火災保険契約を解除するために必要であると言われて、控訴人の実印を押した白紙委任状を二通ほど朝日住宅に交付し、また、それより前の同年九月ころ、朝日住宅の仲介により控訴人の現住居の土地建物(以下「吉見町の土地建物」という。)を購入した際、その所有権移転登記及び住宅ローン借入れのための抵当権設定登記に必要であると言われて、控訴人の印鑑証明書を何通か朝日住宅に交付したことがあるだけである。しかるに、原田は、右のように全く別の目的で交付された控訴人の委任状及び印鑑証明書を冒用し、かつ、控訴人が三菱銀行に預託してあつた本件不動産の登記済権利証も控訴人不知の間に同銀行から不正手段により入手して、勝手に本件不動産を自己名義に移転登記したのである。控訴人が右述のような事情から仲介者に委任状や印鑑証明書を交付したのは、取引上よくあることであつて、これをもつて控訴人の過失ということはできないし、また、右書類の交付だけで直ちに、右不実の登記手続が控訴人の意思によるものであるとしてこれに犠牲を受忍させることは、到底許されない。

2  右(二)の要件について

被控訴会社は、本件不動産が原田の所有名義に登記されたこと又はその登記に必要な書類が揃つていることを確認したうえで、原田に対し本件抵当権の目的たる融資を決定、実行したものではない。したがつて、被控訴会社はそもそも不実登記の外観を信頼したものとはいえないのであり、また、そのように漫然と融資をした過失は重大である。しかも、原田から提出された同人と控訴人との間の偽造売買契約書には、その代金支払関係等の点で不自然なところがあつたばかりでなく、原田の融資申込について同人を十分調査すれば、その申込に虚偽のあることが容易に判明したはずである。被控訴会社は、不注意の故に、原田名義の登記が有効に作出されたものかどうかについて関心さえ持つていなかつたのであり、保護に値しない。

(被控訴会社)

外観尊重及び取引保護の要請からすれば、真実の権利者が不実登記の作出自体には何ら関与せず、むしろその意思に反する形で不実登記が作出された場合でも、真実の権利者が不実登記の作出に何らかの原因を与えているときは、右登記を信頼した善意・無過失の第三者は保護されるべきである。

本件において、控訴人は、多少の注意をすれば、原田の意図を見抜けたのに、朝日住宅ないし原田に言われるままに、印鑑証明書を三通、白紙委任状を数通及び固定資産課税台帳登録証明書を交付し、原田に不実登記申請の機会を与えたもので、控訴人には重大な過失があり、不実登記の作出につき控訴人が直接かつ最大の原因を与えているのである。他方、被控訴会社は、本件不動産につき原田名義に所有権移転登記が経由され、かつ抵当権設定登記も完了したことを確認したうえで、その登記を信頼して、原田に対する貸付を実行したものであり、その貸付の際の調査や確認及び貸付行為自体も落度なく行つている(これらの点に関する控訴人の前記主張事実は否認する。)。したがつて、控訴人は、右登記の無効をもつて被控訴会社に対抗することができないものである。

三 証拠関係<省略>

理由

一控訴人が昭和五五年前に本件不動産を取得していたことは、控訴人と被控訴人冠城との間において争いがなく、控訴人と被控訴会社との間においては、<証拠>によりこれを認めることができる。

二本件不動産につき別紙登記目録記載の各登記がなされていることは、当事者間に争いがないところ、<証拠>を総合すれば、右各登記がなされるに至つた経緯は、次のとおりであることが認められる。

1  控訴人は、昭和五五年九月一六日ころ、原田が代表取締役である朝日住宅の仲介により吉見町の土地建物を代金一三六〇万円で購入し、右代金のうち一一〇〇万円は訴外日本住宅金融株式会社からの住宅ローンで支払うことになつた。そして、同月二五日ころ、朝日住宅から、その所有権移転登記及び右住宅ローン借入れのための抵当権設定登記のため必要であるといわれて、控訴人の印鑑証明書三通(乙第三号証はそのうちの一通)を朝日住宅に渡した。

2  また、控訴人は、右吉見町の土地建物を購入した際、それまで居住していた本件不動産を下取りしてほしい旨朝日住宅に伝えたが、同社では下取りはしておらず、売却の仲介ならばするとのことであつたので、同年一一月半ばころ、改めて朝日住宅に本件不動産の売却の仲介を依頼した。ところが、当時、本件不動産のうち別紙物件目録記載一及び二の土地建物には、三菱銀行に対する抵当権の設定登記がなされており、これを抹消しなければ売却しにくいと朝日住宅から言われたので、控訴人は、朝日住宅との間において、三菱銀行に対する抵当残債務約四〇〇万円を朝日住宅が立替払いして右抵当権設定登記を抹消し、本件不動産が売却できたときにその売却代金で右立替分を精算するとの合意をし、朝日住宅からその立替払いや抵当権抹消の手続のために必要だからと言われて、控訴人の押印をした白紙委任状を何通か同社に渡した。

3  しかるに、原田は、そのころ既に、自己の資金繰りのために本件不動産を自己名義に移転登記して利用しようと考えており、同月二一日に被控訴会社に対し、原田名義で一三〇〇万円の借入申込をした。そして、原田は、そのための担保として本件不動産を提供すべく、控訴人から同月五日付で本件不動産を買い受けた旨の虚偽の売買契約書(乙第六号証)を作成したうえ、同年一二月一二日ころ、控訴人から本件不動産の固定資産課税台帳登録証明書(同第三号証の六及び八)をとつてもらい(控訴人は、朝日住宅が本件不動産の売却を仲介するのに必要なものと思つてこれに応じた。)、更に同月一七日ころ、三菱銀行に前記抵当残債務の立替払いをして抵当権設定登記の抹消を得るとともに、同銀行が所持していた本件不動産の登記済権利証を勝手に引き取り、これらの各書類と控訴人から交付を受けていた前記印鑑証明書及び白紙委任状を冒用して、同月一七日、本件不動産につき恣に別紙登記目録記載一及び二のとおりの各移転登記手続を行つた。右事情を知らない被控訴会社は、原田の申込に応じ、同日付で本件不動産につき別紙登記目録記載三のとおりの抵当権設定登記を経由したうえ、これを担保に同月二三日原田に対して一一〇〇万円を貸し付けた(右移転登記及び抵当権設定登記がなされた事実は当事者間に争いがない。)。

4  その後、昭和五六年一一月二一日ころ、原田は、更に被控訴人冠城から三五〇万円を借り受け、その担保として、同月二四日付で本件不動産につき別紙登記目録記載四のとおりの抵当権設定登記をした(右登記がなされた事実は当事者間に争いがない。)。

5  控訴人は、その間、朝日住宅に売却仲介の結果についてしばしば聞きに行き、その都度まだ売れないと言われて待つていたが、昭和五七年二月ころに至り、不審を抱いて登記所を調べたところ、初めて本件各登記がなされていることを知つた。

以上のとおり認めることができる。そして、<証拠>に徴すれば、甲第一七号及び乙第三号証の二の各委任状並びに乙第六号証の売買契約契約書は、いずれも控訴人の意思に基づいたものでないことが明らかであるから、これらは右認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三以上の事実によれば、原田が控訴人から本件不動産の所有権又は持分を取得したことはなく、別紙登記目録記載一及び二の各移転登記は、実体上の権利関係に符合しない無効のものであるといわなければならない。

四そこで、控訴人は右各登記の無効を被控訴人らに対抗しえないものであるとの被控訴人らの主張について判断する。

一般に、不動産につき真実の権利者の関与又は承認に基づいて実体上の権利関係と符合しない登記が作出され、あるいは存続している場合に、右不実登記を信頼して取引関係に立つた善意の第三者があるときは、民法九四条二項、一一〇条の法意と外観尊重及び取引保護の要請に照らし、真実の権利者は、その登記が不実であることをもつて右善意の第三者に対抗しえないものと解すべき場合がありうる。しかし、この法理が、不動産登記に公信力がないにもかかわらず、不実登記を信頼した第三者保護のために真実の権利者の権利を失わせるものであることを考えると、その適用にあたつては、当該不実登記の作出又は存続自体について、真実の権利者の側に権利喪失の不利益を課されるのもやむをえないとするに足りるだけの事情(帰責事由)が存することを要するものと解さなければならない。

この見地から本件をみるに、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件不動産の所有権又は持分についてこれを原田に移転し、あるいはその移転を前提とする登記をするなどの意思は全くなかつたもので、登記の外観上何らかの不実登記を作出する意思が控訴人に少しでもあつたものとは認められず、また、控訴人において不実登記の作出を知りながら、これを存続せしめることを明示又は黙示に承認していたものとも認められない。また、原田が不実登記の申請に用いた控訴人の印鑑証明書、委任状及び固定資産課税台帳登録証明書は、前認定のとおり、右登記手続とは何ら関係のない別個の目的のために控訴人が交付したものであり、本件全証拠によつても、これらの書類が不実登記に冒用されることを控訴人において予知しえたものであるとは認めがたいところである。したがつて、もし右書類を交付しなければ不実登記が作出されることがなかつたとしても、そのことだけから、右不実登記の作出自体に控訴人が関与したものであるとし、あるいは右不実登記の作出が控訴人の意思に原因するものであるということは到底できない。

これらの事情を考慮するときは、控訴人が原田を信用したことにつき軽率さを指摘する余地があり、他方、被控訴人らにおいて本件不実の登記につき善意・無過失であつたとしても、いまだ前記法理により控訴人の真実の権利関係の主張を制限するのを相当とすべき場合には当たらないというべきである。

したがつて、被控訴人らの前記主張は採用することができない。

五以上によれば、被控訴人らは、控訴人に対し、本件不動産につき原田がなした前記各移転登記の抹消登記手続を行うことを承諾すべき義務があり、控訴人の本訴請求はこれを認容すべきである。

よつて、これと異なる原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決中被控訴人らに関する部分を取り消し、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、なお、仮執行の宣言を付することはできないので、その申立てを却下することとして、主文のとおり判決する。

(中島恒 佐藤繁 塩谷雄)

物件目録<省略>

登記目録<省略>

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